市民が創る街の未来

―多様な課題との向き合い方―

一般社団法人コード・フォー・ジャパン 代表理事
神戸市 チーフ・イノベーション・オフィサー
関治之

地域社会をより良くしたいと思わない人はいないだろう。 昨今は地方創生や地域活性のための予算を確保する動きも活発だ。 しかし、問題がある。「より良い」とは何なのか、答えが一つではないことだ。 多様なステークホルダーが多様な思いを抱えているなかで、いかにして地域の未来を描くべきか。 一般社団法人コード・フォー・ジャパン代表理事で、 神戸市チーフ・イノベーション・オフィサーの関治之氏に話しを聞いた。

市民と行政が「ともに考え、ともにつくる」取組み

まずは「Code for Japan(コード・フォー・ジャパン)」について教えてください。

Code for Japan設立のきっかけとなる出来事は、2011年の東日本大震災でした。エンジニアだった私はITを活用した復興支援プラットフォーム「sinsai.info」や、被災地でのハッカソン運営などに携わっていたのですが、一連の活動を通して「発災前から行政と市民が連携しておけば、支援の幅をもっと広げられる」ことに気付きました。

具体的にどんな方法があるかを調べるなかで、地域コミュニティと行政が連携してITを活用して課題を解決していく「Code for America」の活動を知り、その日本版として2013年にCode for Japan を立ち上げました。当時はシビックテックと言っても誰も知らないような状況でしたが、いまでは日本全国70を超える地域に「Code for ××」が広がっています。

行政は市民を支える立場なので、両者には接点が多いと思うのですが、行政と市民との連携は不足していたのでしょうか。

不足というより、行政から見た“市民”が限定的なのだと思います。業務で接点がある業種・職種は限られていますし、自治体と地域の対話にしても参加者は町内会長さんや代表者だけだったりします。タウンミーティングなどの参加者も限定的ですよね。

いまの時代、ITやSNSを活用すれば、いろいろな属性の市民と議論や意見交換ができますし、一緒に何かを作ることもできます。地域にはエンジニアやデザイナーなど、多様なスキルを持ち、かつ地域のために何かしたいと思っている市民がいます。彼らと行政が課題解決のために連携するのがCode forなのです。

Code forの特徴の一つは「共に考え、共に創る」ことです。エンジニアはちょっとがんばると完成度8割くらいのアプリが作れます。製品とまではいかなくても、実際に動くモノがあるだけで課題解決へのアイデアはグッと広がります。デザインも同じ。目に見えるアウトプットがあることが重要なんです。

スキルを持つ市民が地域のために動くワケ

エンジニアやデザイナーは日々、仕事で同じような作業をしています。それでも彼らが地域の活動に参加するのはなぜでしょうか。

コミュニティの一員として地域に貢献したいという思いがモチベーションではないでしょうか。また、仕事でやらなければならないことと、自分がやりたいこととは違いますよね。仕事じゃないからこそ挑戦できる分野や技術もありますし、自分の作ったもので誰かが喜ぶことが純粋に嬉しいというクラフトマンシップのような思いもあるのだと思います。

地域貢献への思いは一緒でも、人それぞれに課題の捉え方や作りたいモノも違うのではないかと思います。Code forではどのようにチームビルディングを行っていますか。

2013年にCode forを立ち上げるにあたり、設立準備ミーティングを開きました。その時点で決まっていたのはIT開発者と政府・自治体をつなぎ、プログラミングの力で行政を改善するという、大きな枠組みだけ。そこで、関係者一同が集まって「視覚会議」を実施し、Code forのあるべき姿を策定したのです。

ただ、そのミーティングはUstreamで全国配信していて、参加者数は総勢70人以上。視覚会議は5、6人で実施することが多いので、これは前代未聞の規模です。そこで少人数のグループでダイアログを実施し、グループ単位で意見を出す手法を取りました。大人数でも一人ひとりが意見を出す仕組みとしたことで、参加者全員にとって納得感のある答えが出せましたし、チームとしての一体感も生まれました。

 また、経済・環境・社会の調和は謳われていますが、「文化」という視点がほとんど入っていないことも残念だなと感じます。例えば世界から言語が失われつつあるというような社会課題もあります。人間の営みを表現するには、カルチャー、アート、クリエイティブいった要素は欠かせません。

 前例に倣えば、SDGsの次の開発目標は2027年ころから議論が始まります。SDGsに掲げる17の目標を絶対的なものだと捉えず、足りない視点は何かを今から考え続けることも大切だと思っています。たとえば、18番目のゴールを作るとしたら何か?と問うてみると、面白い議論ができると思います。

そこで決まったCode forの「あるべき姿」は各地の活動にも引き継がれているのでしょうか。地域には行政の掲げるビジョンや政策もありますから、それらとの整合性も気になるところです。

地域にはまちづくり政策などがあり、それとCode forの方向性が完全一致すればベストですが、そうではないケースもあります。というのも、政策の多くは地域のあるべき姿ではなく、行政の役割を明確化することを目的としていますから、市民にとって自分事にならないことも少なくありません。

そもそも地域課題の多くはコミュニティに起因していることも多く、行政の立場から解決策を出すことは難しいんです。行政も市民も地域を良くしたいと思ってはいますが、課題の捉え方や解決の優先順位、理想の地域像は人それぞれに考えが違います。自分たちの地域の未来をどうしたいのか、地域のあるべき姿はそのコミュニティにいる人たちで決めるしかないのです。

Code forでは地域にあるさまざまなデータの活用や課題解決のためのアプリ開発などを行うわけですが、それぞれの地域にはキャプテン(代表者)とコアになるメンバーがいます。例として先ほどエンジニアやデザイナーを挙げましたが、もちろん、それ以外の職種の方も多数いらっしゃいます。彼らを中心に、コミュニティの人たちが地域のあるべき姿を考え、そこからバックキャスティングで解決すべき課題に取り組んでいく。こういうボトムアップ型のアプローチが、従来の行政による課題解決方法との違いかと思います。

行政がスタートアップと共に活動し支援するプロジェクト

Code forのお話を伺っていると、行政の在り方もこれから変わらざるを得ないのかなと感じます。

我々の活動には二種類あります。一つはここまでお話した市民によるシビックテックの活動支援です。もう一つもシビックテックではあるのですが、支援する相手が市民ではなく行政で、ITのコンサルティングやデジタル化支援を行っています。

その一例が福島県の浪江町での「Code for Namie」。浪江町は東日本大震災のあと、全域が避難対象となり、町民がバラバラになりました。そこで、全町民にタブレット端末を配布し、町からの情報発信と町民相互の情報交流に活用するという企画が持ち上がり、予算の目処もついたのですが、何をどうするのか具体的な計画がなかなか決まりませんでした。そこで、我々がサポートに入り、浪江町の職員を対象に視覚会議を実施。プロジェクトのあるべき姿とはどういうものか、本当に町民が必要とする情報サービスとは何かなどを考え、そこで出た課題を踏まえてアプリ開発などの支援を行いました。

地域によって抱える課題は違いますし、そのときどきの事情もあります。いずれにしても行政がすべてを取り仕切り、首長のトップダウンでまちづくりを推進する時代ではなくなったと言えると思います。

関さんは現在、神戸市のチーフ・イノベーション・オフィサー(CINO)としても活動しておられます。そこではどういった活動をしておられるのでしょうか。

神戸市がやりたいのはオープンイノベーション。市民、コミュニティ、スタートアップ、事業者など、地域のあらゆるステークホルダーとともに新しいことを生み出す、その仕掛けづくりがCINOである私の仕事です。いま特に力を入れているのはスタートアップ支援と新産業創出のための活動です。

行政によるスタートアップ支援はさまざまな地域で行われていますよね。

よくある支援策は行政が助成金や資金を準備し、スタートアップが事業プランをプレゼンし、選ばれたプランを支援するというもの。これはこれで良いのですが、企業にもできる施策です。僕が提案したのはスタートアップと行政が一緒になって地域課題の解決に取り組むという、行政にしかできない支援活動です。

事例を一つご紹介しましょう。市役所内のある部署は「子育て支援イベントを企画し、広報誌などを使って告知したが、集客がうまくいかない」という課題を抱えていました。子育て世代がターゲットですから、既存の広報誌では情報が行き届かなかったのだと思います。

そこで、イベントのチラシの電子化・配布アプリを開発するスタートアップとマッチング。スタートアップが子育て支援の部署と連携しながらアプリを開発する一方で、行政担当者はイベント情報を得られるアプリを告知するチラシを関係施設に配布したり、情報収集のためのコミュニティ作りを行うなどの支援を行いました。支援を受けたスタートアップはもちろんのこと、行政はイベント集客に成功するし、子育て中の市民は有益な情報を入手できるし、三方よしの結果になったんです。

スタートアップに対して資金ではなく場を提供した、ということですね。

そうです。約4カ月間の支援プロジェクトにおいて、スタートアップに支払われた費用は実費程度でした。しかし、スタートアップ側には行政と共同で開発したことで多くの知見が溜まったでしょうし、行政に採用された実績は営業上の大きなメリットになります。現在、神戸市はこのスタートアップに対して支援ではなく、正式なサービスとして発注しています。

行政が課題を提示し、その解決策を持つスタートアップを支援することで行政課題を解決するという、この試みはこれまで8 組を支援しました。徐々に伸びてきていますし、今後も増やしていきたいと思っています。

人口減少時代の自治体および地域連携の在り方

ほかにもイノベーション創出のために取り組んでおられることを教えてください。

神戸市では「医療産業都市」をビジョンに掲げ、医薬系企業の誘致を進めています。その中心となるポートアイランド周辺にはスーパーコンピュータや理化学研究所などの研究機関もあり、スタートアップも増えているのですが、現状は拠点の集積にとどまり、市が期待するようなコラボレーションや新産業創造には至っていません。

この状況を打破するためにアイデアソンイベントを開いたり、関係者の方々にヒアリングしたりして、いくつか共通の課題も見えてきました。いまは、それらを踏まえてイベントやセミナーを企画したり、ワークショップをするにしてもより有効なテーマを考えたりしながら、新産業づくりにつなげていこうと取り組んでいます。

最後に、地域におけるイノベーションあるはシビックテックを進める上で大切なことは何か、お考えをお聞かせください。

神戸市について言えば、オープンなマインドの職員が多い印象を受けています。我々は行政だからと上からモノを見るようなタイプが非常に少ないし、職員が自由に意見を言える風土だと感じます。これは市長や上席者が部下を信頼しているからでしょう。課長クラスでも「こうすればできる」「こうしよう」と言える方が多いです。もちろん諸事情で実行できないこともたくさんありますが、これはほかの自治体も同じだと思います。

Code forの活動も含めて、改めて思うのは地域課題を行政だけで考える時代ではないということです。僕も民間ながら非常勤のCINOとして行政にかかわっていますが、行政はこれから、どういう市民や事業者と一緒に地域を作っていくかを考えることが重要だと思います。総務省の地方版総合戦略にもあるとおり、これから日本は人口減少に伴い自治体職員も減っていきますから、民間との共同運営なくして、あらゆる地域サービスは成り立たなくなります。

自分たちの地域、自治体のあるべき姿とはどういうものか、誰と一緒にそれを実現していくのか。地域それぞれが考えていくべき課題だと思います。

ありがとうございました。

プロフィール

関治之(せき・はるゆき)
一般社団法人コード・フォー・ジャパン 代表理事, 神戸市 チーフ・イノベーション・オフィサー

東京都豊島区出身。大手SIerなどを経て、株式会社シリウステクノロジーズに入社。2009年にGIS(地理空間情報)を扱う合同会社Georepublic Japan社を設立。2013年に地域課題解決のための活動を支援する一般社団法人コード・フォー・ジャパン社を設立。2014年、オープンイノベーションや新規事業開発を支援する株式会社HackCampを設立。2017年に神戸市のチーフ・イノベーション・オフィサーに就任。現在に至る。