時間対効果の探求

―遊ぶように働くためのレシピ―

株式会社ソニックガーデン
代表取締役社長
倉貫義人

全社員テレワーク、コアタイムなしのフレックスタイム制、経費精算に上司の決済不要など、株式会社ソニックガーデンの仕組みは実に個性的だ。創業者で代表取締役社長の倉貫義人氏は大手システム会社でエンジニアとして勤務したのち、MBOでソニックガーデンを興した。1月に出版した著書『管理ゼロで成果はあがる』も話題の倉貫氏に、そのユニークなマネジメント術について語ってもらった。

オーストラリアのコワーキングスペースから出社

2011年に5人でソニックガーデンを設立し、現在の社員数は36人。全員がテレワーク(リモートワーク)だそうですね。

倉貫 はい、2016年に渋谷の本社を撤廃しましたので、社員がいる場所は16都道府県にまたがっています。一番遠いのは先日オーストラリアを一周してバリに帰った社員ですね。その社員はもともと北海道に住んでいて、「旅をしながら仕事がしたい」と出発。オーストラリアで新車を配送するアルバイトをしながら3カ月間滞在していました。普通の休暇なら1週間くらいで観光地を巡るところを、平日は会社の仕事をして、夜はバーなどで遊び、土日はあちこち出掛けていたようです。

すごいですね! そんなライフスタイルができるなんて思いもよらないですし、それを許す会社もそうはないでしょう。

倉貫 このバーチャルオフィスは自社開発の「Remotty(リモティ)」というもの。画面上にはPCカメラで自動撮影した顔写真が数分間隔で共有されるようになっていて、仮想空間でありながら一緒に働いている感覚を得られます。カメラには背景も映り込むので、実家暮らしの社員は生活感を隠すために、おしゃれな風景写真を引き伸ばして背後に貼っています。また、オーストラリアにいた社員は現地のコワーキングスペースなどで仕事をするので、背景を見て「本当に海外で働いているんだな」と改めて思いましたね。

バーチャルオフィス「Remotty」の画面。出社している社員の顔が見える

私たちもウェブ会議システムを使いますが、対面とは少し違う感覚になります。慣れるものでしょうか。

初めは違和感があるかもしれませんが、すぐに慣れます。モニタ越しの会話と対面とでは何が違うでしょうか。表情? 仕草? そういったものは画面で見えますよね。私たちも音声だけでは不安ですが、映像があれば対面とほぼ同じコミュニケーションが可能です。

社内だけでなく、お客さまとの打ち合わせもモニタ越しです。初めは驚かれますがすぐに慣れますし、会議のために同じ場所に集うのは結構大変なことなので、むしろ便利に思ってくださっています。これまで一度も対面で打ち合わせをしたことがないお客さまもいらっしゃるんですよ。

倉貫氏の最新著書『管理ゼロで成果はあがる 〜「見直す・なくす・やめる」で組織を変えよう』

最初からすべての打ち合わせがオンライン化することは難しくても、多くの企業は働き方改革の一環としてテレワーク導入に注目しています。倉貫さんがテレワークに興味を持った理由を教えてください。

倉貫 大手システム会社に勤務していたころ、社内システムを開発するチームを持っていました。いろいろな案件を通して良いチームができたのですが、若手が育つと他部署に異動させられるんですよね。会社として考えれば、優秀な人材を稼げる部署に配置替えするのは当然のこと。それで自分たちも稼げる部署になろうと、当時の社長に相談したら社内ベンチャー制度を創設してくれて、2009年に創業を開始。その数年後に会社が経営統合されることになったので、MBO(マネジメント・バイ・アウト)で独立しました。

当初は普通にオフィスを借りましたが、もっと良い方法はないかと常にいろいろなことを考えていました。たとえば、社内業務をペーパーレス化すれば、大きなコピー機はいらないですよね。そうやって考えていくなかでクラウド化に取り組み、メールからチャットに移行し、テレビ会議を導入し、改善を重ねていきました。その試行錯誤のなかでRemottyが誕生し、2014年には物理的な出社をしないで良い仕組みを確立。テレワークを目指して活動してきたわけではなく、どうしたら良いかを試行錯誤した結果がいまのスタイルなのです。

現在は社員同士が顔を合わせることは全然ないのでしょうか。

倉貫 いえいえ、そんなことはないですよ。「ビジョン合宿」というものを半年から1年に一度のタイミングで開催しています。全国に散らばる社員が集まって一泊二日程度を一緒に過ごして、互いのビジョンや会社のビジョンなどをすり合わせしつつ、親睦を深めています。毎回、全社員が集まるのではなく、多くても10名程度ですね。

当社では毎日、リアルで会うことはないですが、そうした機会を作ることで仲間意識が高まると感じています。実際に毎日顔を合わせているからといって、普段から深い話をするわけでもないですよね。合宿でたまにガッツリ話す方が良いかな、と思っています。

アジャイル思考をクリエイティブの働き方に生かす!?

ソニックガーデンを設立する際に、MBO以外の選択肢は考えなかったのでしょうか。

倉貫 チーム解散という選択肢もありましたが、せっかくここまで続けたのだから、このチームを維持したいと思いました。それが第一です。その上で本音を言えば、子会社として独立したかった。メンバーは親会社に所属したまま出向で来てくれれば一緒に仕事ができますし、彼らにベンチャーへの転職というリスクを負わせなくてよくなります。でも、それはいろいろな事情で叶わず、チームを維持するにはMBOしかなかった。それでメンバーに「どうする?」と尋ねたら、みんな、家族にも相談せずに転職を決めてくれたんですよね。

御社にとって一番のこだわりはチームであることだったのですね。倉貫さんはもともと人材育成や後輩の指導に関心が高かったのでしょうか。

倉貫 まったく興味がなかったです(笑)。転機は社会人2年目にフリーランスになろうかと考えていたころ。役員面談の際に「このまま独立したら最初はいいだろうけれど、いずれは後輩の下請けになるよ」と言われて、それは嫌だなと思ったんですよね。その役員は「下請けが嫌なら、まずは有名になりなさい。名前で仕事がとれるようになるから。そして仲間を作りなさい」と教えてくれました。なるほどと思い、当面はこのまま会社に在籍し、後輩社員を育てて仲間を増やそうと考えました。また、有名になるということで、アジャイル開発のエヴァンジェリストとして講演をするなど、社外活動にも取り組みました。

そういったご活動の成果か、「アジャイル」という言葉も最近は一般に知られるようになってきましたね。

倉貫 アジャイルはシステム開発の用語ではありますが、歴史の浅いIT業界でどうしたら仕事がうまくいくかを試行錯誤しながら生まれたものなので、ほかの領域にも生かせるヒントがあると思っています。いまは世の中の動きが早いですから、最初から完全なものを求めるよりも、少し作ってはテストして改良するプロセスを繰り返して確度を高めていくほうがいい。このアジャイルの考え方を新規事業開発にあてはめればリーンスタートアップですよね。

ソフトウェア開発の仕事はクリエイティブなんです。そう言うとカッコいい仕事のように聞こえるかもしれませんが、そういうことではなく、再現性が低くてマニュアル化できない仕事はすべてクリエイティブだと思っています。アジャイルはソフトウェア開発の生産性を高めるために生まれた手法ですから、ほかのクリエイティブにも応用できるところがあるはずです。もっと言えば、今後ますますAI(人工知能)が進展し、人間がやるべき仕事ではクリエイティブが圧倒的に増えていきますから、あらゆる職場でヒントになるのではと思います。

なるほど、アジャイルはシステムにとどまらない広がりがありそうです。

倉貫 もともとのシステム開発は一気に全体を設計して、一気に作り上げ、一度に対価を得るウォーターフォール型でした。これだと営業は営業だけ、設計は設計だけ、プログラマはプログラミングだけという具合に分業せざるを得ず、自分の担当部分しか見えないので、部門間の断絶が起こりやすいんです。

それに対してアジャイルは担当エンジニアがお客さまと対話し、ちょっと作っては確認するというプロセスを繰り返しながら進めます。エンジニアは言われるままに手を動かすのではなく、自ら考えて作るのでやりがいがありますし、お客さまにとっても状況が見える方が安心ですよね。アジャイルは人とのコミュニケーションを大切にしないとうまくいかない仕事の仕方だと言えます。

目指す未来をどう描くかで変わる“いま”

プログラマやシステムエンジニアは専門職で、どちらかといえばコミュニケーションは不得手なイメージがありましたが、人材教育やチームビルディング次第でそれも変えられるということでしょうか。

倉貫 コミュニケーションが苦手、確かにそういうイメージあるかもしれませんね(苦笑)。当社の場合は一人の担当者がお客さまと話すところからプログラミングまでを一貫して担いますから、それができる人材しか採用しません。プログラミングはスゴイけれど、コミュニケーションはダメという方は合わない会社です。

だから、当社では本当に良い人じゃないと入れないことにしています。

ウェブ会議システムは重要なツール。クライアントとの打ち合わせはもちろん、最初の商談もすべてウェブ会議システムを活用する

業容を広げるために人材を採用するという考え方もあるかもしれませんが、仕事量を前提に採用すると、妥協して採用することになり、妥協からいろいろな綻びが生じます。採用数を絞っているわけではないですが、良い人を採用できるまでは仕事を我慢するという発想なので、結果的に採用数は多くありません。新規採用は年間1人か2人ですね。

目の前に仕事があれば受託したい、そのために人を増やそうとするのが一般的な思考ではないでしょうか。多くの経営者はロマンとソロバンと言いますか、そこに葛藤を抱えています。

倉貫 仕事が増えて社員の給料が増えればいいですけど、一人当たりの仕事量は限界がありますから、売上げが増えても、社員一人ひとりの取り分はさほど変わらないんですよね。株主やオーナーは規模拡大が幸せに直結するかもしれませんが、社員にとっては仕事が増えることや社員数を増やすことがインセンティブにはならないと思うんです。

多くの企業は目標として売上高や社員数などを掲げますが、倉貫さんが描いている未来の「あるべき姿」は数字ではないんですね。だから、バックキャスティングで考える「いまなすべきこと」も、一般論は当てはまらないのではないかと思います

倉貫 そうですね。会社の役割は大きく分けて「経済に貢献する」「社会課題を解決する」「働く人に幸福感を与える」ことであり、この3つの優先順位が企業によって異なります。

当社は3つ目、働く人が幸せであることを大切にしています。MBOで独立するとき、安定した大会社よりも、ソニックガーデンで働くことを選んでくれた仲間たちを犠牲にして会社を大きくするなんてあり得ないですから。

当社が目指しているのは「遊ぶように働く」こと。働いているのか遊んでいるのか、わからないくらい楽しく仕事をしようという意味です。最近は働き方改革として勤務時間を短縮する傾向にありますが、それは仕事がツラくてつまらないことを前提にした発想ですよね。働くことが楽しかったら、毎日が充実して、仕事もプライベートもハッピーでしょう。本当の働き方改革はそういうことではないかと思っています。

ありがとうございました。

プロフィール

倉貫義人(くらぬき・よしひと)
1974年京都生まれ。1999年立命館大学大学院を卒業し、TIS(旧 東洋情報システム)に入社。2003年に同社の基盤技術センターの立ち上げに参画。2005年に社内SNS「SKIP」の開発と社内展開、その後オープンソース化を行う。2009年にSKIP事業を専門で行う社内ベンチャー「SonicGarden」を立ち上げる。2011年にTIS株式会社からのMBOを行い、株式会社ソニックガーデンの創業を行う。