企業の存在意義を再定義

―未来の事業戦略にSDGsの視点は不可欠―

一般社団法人Think the Earth
理事 上田壮一氏

国連が打ち出す「SDGs(Sustainable Development Goals)」をご存じだろうか。
SDGsとは「貧困をなくそう」「飢餓をゼロに」などの17の目標からなる持続可能な開発目標のこと。 このSDGsを学校教育に届ける活動「SDGs for School」を推進し、その教材としてビジュアルブック 『未来を変える目標 SDGsアイデアブック』を編集・発行した一般社団法人Think the Earth理事の 上田壮一氏に、SDGsとバックキャスティングについてお話を伺った

何かを規制するルールではなく、みんなで目指すゴールとして

SDGsが掲げる17の目標には地球環境と、地球で暮らす全人類のあるべき姿が投影されています。 その意味ではバックキャスティング的な思考で策定された目標と言えるのではないでしょうか。

上田 はい、まさしくSDGsは2030年までに世界中の人が達成すべきゴールを示したもので、目標から逆算して、これまでの方法の延長ではなく、これまでにない方法で、その目標を達成しようというバックキャスティングの思想が色濃く打ち出されたものです。とはいえ、必ずしもすべてがバックキャスティングで語れるわけではありません。SDGsは2000年から2015年までの目標だったMDGs(ミレニアム開発目標)で解決しきれなかった貧困などの問題も含んでいますから、その意味ではフォーキャスティング的でもあります。個人的には、バックキャスティングとフォーキャスティング、どちらが良いというよりは、二つの考えがぶつかり合うところに問題解決に向けたクリエイティブなジャンプが起こると思っています。

 ビジュアルブック『未来を変える目標 SDGsアイデアブック』の監修をしてくださった慶應義塾大学の蟹江憲史教授は「SDGsが優れているのはルールではなく、ゴールとして設定されていること」だとおっしゃいました。いま取り組んでいることを規制して「これをやめよう」「これはここまで」と縛るのではなく、「これを目指そう」というゴールに向けて自発的な行動を促すのがSDGsです。

 こういうのをムーンショットとも言います。語源はジョン・F・ケネディのアポロ計画。10年以内に人類が月に行くという、当時としては途方もない目標ながら、その宣言があったからこそ叡智が結集し、アポロ計画は実現することができました。

なるほど。MDGsからSDGsになって、大きく変わったのはどういった点でしょうか。

上田 MDGsは先進国が途上国の社会開発を支援するというスタンスでしたが、SDGsはみんなで一緒に考えていこうというスタンス。ここが大きく違いますね。そして、先進国と途上国が一緒に目指すサステナブル(持続可能)なゴールを、国連加盟国が全会一致で初めて合意したという点において画期的なことでした。

 先述の蟹江教授によれば「持続可能な社会が実現できているか、という観点で見れば全ての国が途上国」という視点です。

 SDGsが掲げる17の目標には先進国が実現できていないものもたくさんあります。たとえば、目標1の「貧困をなくそう」であれば格差の拡大による相対的貧困の問題がありますし、目標5の「ジェンダー」については国会議員に占める女性の割合が1割に満たない日本はかなり低いスコアです。目標8の「働きがい」は、今まさに日本企業の多くが取り組み始めたところですよね。だから、日本もまだまだ持続可能な開発が必要な途上国だと言えます。

 また、MDGsではメインのプレイヤーが政府でしたが、SDGsでは目標を達成するために「経済成長、社会的包摂、環境保護」の調和が欠かせないという観点から、企業を重要なプレイヤーとして位置づけています。すでに、ユニリーバや味の素などのグローバルカンパニーはSDGsを中長期の経営計画に統合しようとしています。繰り返しになりますが、SDGsは何かを規制するものではありません。企業にとっては繁栄や豊かさを犠牲にするのではなく、21世紀における真の豊かさを問い直すことで、中長期視点で企業の存在意義を再定義するチャンスになるので、参画しやすいフレームだと思います。

小中高の先生方とのコラボレーションで開発

SDGsはともすると自分に関係ないと思われがちなものも含まれますが、上田さんが手掛けた『未来を変える目標 SDGsアイデアブック』ではSDGsがとてもユニークな視点で紹介されていて、身近な課題として捉えることできます。なぜ、この書籍を出すことになったのでしょうか。

上田 Think the Earthは「エコロジーとエコノミーの共存」をテーマに、環境問題やソーシャルな課題に関するコンテンツやメディア、イベント、ワークショップ開発などを行ってきました。

  東日本大震災のあと、私たちは経済産業省の委託で、再生可能エネルギーをテーマにした教育プロジェクト「グリーンパワースクール」の運営を担うことになりました。以前、作った書籍を全国4万5000の小中学校・高等学校に届ける活動もしていましたが、実際に使われなくては意味がありませんから、今回は全国一律ではなく「ぜひ活用したい」と手を挙げてくださった先生にお届けし、会いに行き、授業を見せてもらって教材へのフィードバックをいただくことにしました。

  それで分かったことは、熱心な先生は、時間が無いにも関わらず、子どもたちのことを真剣に考え、ものすごくクリエイティブな仕事をしている、ということです。そして、今の学校教育のあり方にみなさん違和感を感じていらっしゃいました。ちょうどそのころ、国連がSDGsを発表。さらに、文部科学省が新しい学習指導要領を公示し、そのなかで「持続可能な社会の創り手」を育むことが学校の役割であると明記されました。その流れがあって、何人かの先生と協力し、現場の悩みに応えながら、私たちのクリエイティブの力で新たなコンテンツを開発し、先生や生徒の想いに応えるコミュニティ・プロジェクトを作れるのではないかと考えました。

SDGsは「誰も置き去りにしない」を掲げていますし、17の目標も非常に網羅的ですから、多くの課題と向き合うことができそうですよね。

上田 そうですね。「誰も置き去りにしない」は教育やソーシャルデザインの考え方と合致しますから非常に共感しています。ただ、逆説的かもしれませんが、SDGsは“すべて”ではないんです。テーマは広範でも、これが万能であるかのように考えたり、宗教化したりしては危険だと感じます。

 SDGsはあくまで2015年に合意したもので、足りない視点がいくつもあると感じます。たとえば、SDGsではLGBTについて触れられていません。目標5に「ジェンダー平等を実現しよう」とありますが、女性の問題しか掲げられていません。大人にとってLGBTは目新しいテーマかもしれませんが、子どもたちにとってはLGBTの友人がいるのはあたりまえであり、身近な社会課題になっているにも関わらず、です。

 また、経済・環境・社会の調和は謳われていますが、「文化」という視点がほとんど入っていないことも残念だなと感じます。例えば世界から言語が失われつつあるというような社会課題もあります。人間の営みを表現するには、カルチャー、アート、クリエイティブいった要素は欠かせません。

 前例に倣えば、SDGsの次の開発目標は2027年ころから議論が始まります。SDGsに掲げる17の目標を絶対的なものだと捉えず、足りない視点は何かを今から考え続けることも大切だと思っています。たとえば、18番目のゴールを作るとしたら何か?と問うてみると、面白い議論ができると思います。

企業にとってSDGsに取り組む意義とは

国内では一部企業がSDGsへの対応を始めたばかりです。SDGsの次がまもなく始まるかもしれないというのは、なかなか衝撃的な話です。

上田 だからこそ、企業のみなさんにはいますぐSDGsにどう取り組むかを考えてほしいと思っています。率直に言って、SDGsに取り組んだら今すぐ儲かるという話ではありません。でも、MDGsの次にSDGsができたように、SDGsの次も何かしらの目標が策定されます。そのときにSDGsを理解していなければ、“次”を議論するテーブルにつくことさえできません。世界の国々が、企業が、未来を話し合っているのに、蚊帳の外になる可能性があるのです。

 いま日本企業の多くは2020年の東京オリンピック・パラリンピックをひとつの目標にしていると思いますが、そのあとはどうでしょうか。ビッグイベントに伴う特需はカンフル剤に過ぎません。
 経営陣にとっては今年や来年の売上げが気になるところでしょうが、長い目で見れば「あのときに、あの人がこれを始めていたから、今日がある!」ということもあります。何年か先に「あのときにSDGsに取り組み始めたのが良かった」と評価されるときが来るかもしれません。いえ、そう評価されるように、いまから真剣に取り組むべきだと思います。
 オリパラも大阪万博もSDGsを標榜することになっていますから、これらのイベントに参加するなら、長期的な視点での企業活動の発露の場となれば良いと思います。

「あのときに始めておいてよかった」と評価される未来を「あるべき姿」だとして、そこからバックキャスティングで事業戦略を考えていく、ということでしょうか?

上田 そうです。未来において、世界から取り残されないように、今から種まきを始めましょうということです。

 SDGsは流行だから取り組むのではなく、うまく活用すべきものだと思います。たとえば、将来の自社の事業は社会の在り方や地域の姿、人々の暮らしぶりなどの影響を受けますよね。まだ見ぬ2030年の世界がどんな社会になっていて欲しいか、その姿を想像するうえでSDGsが参考になります。

 すでに、17の目標、169のターゲットのなかで自社の事業が貢献できているところがあるはずです。その反対に、貢献できていないところもあるでしょう。自分たちの会社の存在意義は何か、あるべき姿とはどのようなものか、それはSDGsで言うところの何なのか……、それを考えていくことが自社の未来を描くことにつながると思います。

 SDGsの決議書のタイトルは「Transforming our world」です。トランスフォームとは、変態、変革、変容という意味で、単なるチェンジではありません。世界を根本から変えていこうという意志が込められています。ですから、これまでにない新しい仕組みやビジネスのあり方が求められています。これまでにない発想という点で、若い世代の発想やセンスには大きな可能性があると思います。子どもたちの純粋な倫理観から生まれる斬新なアイデアと大人たちの経験やネットワークが合わさることで、単なるイノベーションではない、「グッド・イノベーション」が生み出せると思っています。

ありがとうございました。

プロフィール

上田壮一(うえだ・そういち)
一般社団法人Think the Earth 理事

1965年、兵庫県生まれ。広告代理店で6年間働いたあと、表現の現場を求めて映像ディレクターに。94年に宇宙から地球を見る視点を共有したいとの想いで「アースウォッチ」を企画。98年にプロトタイプを作ったことを機に、多くの方と出会いながらThink the Earthの設立まで突き進むことに。以後、プロデューサー/ディレクターとして『百年の愚行』『1秒の世界』『グリーンパワーブック』などの書籍をはじめ、携帯アプリケーション「live earth」などを手掛けている。